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  • 私の旦那さんのお母さん、つまり姑は、物が捨てられない人です。只今、絶賛断捨離中の私は、そのことで、イライラすることも多くて、義母はこのブログに再三登場しています。皆さん、さぞかし私は義母の事が嫌いなのではないかと思っていらっしゃる方も多いと思いますが、そうではないんです。日常生活で義母に対してイライラすることはあります。でもそれは、親子でも夫婦でもあることで、自分と違う意見や、考え、行動に対してお... 続きを読む

    姑は私利私欲がない人


    我が家の義母は、本当に欲がないのです。

    欲と言っても色々あると思いますが、うまく言えないのですが、強いて言えばお金に対する執着がほとんどない。というのが一番近いのかなと思います。

    お金1

    人に、何かしてあげる事が大好きで、人の為になる事を好んでするようなところがあります。

    以前に書いた記事です。→親切な人なのか、お節介な人なのか。受け取り方次第で大違い。(義母の場合)

    お人好しの部類に入ると思いますが、決して流されるような弱さはありません。頑固です。

    人が困っているようだったら、進んで自分ができるようなお手伝いをするし、慶弔見舞関係では惜しむことは一切なく、そんな人にまで?と言うくらいにお包みをしているようです。

    家を建て替える事にしたときに「私がお金を持っていたら、ぱっと出すんだけど。持っていなくてごめんなさい」って言われました。

    それが、出し惜しみしているわけでは決してなく、その通りなのだと私にはわかります。

    本当に、持っていれば、持っているだけの援助をする人だからです。

    夫は誰の子?


    残念ながら、そんな義母に育てられた我が家の旦那さんは、とっても自己中心的な考えの人です。

    欲張りだし、私利私欲まみれ?な感じです。(ちょっと大袈裟に書きました)

    反面教師?なのかしら、、、。

    お義母さんに育てられているはずなのに、誰の子?って思う事があります。

    そして私もそうです。

    義母のように人の為に働くことは好きではありません。

    欲張りですし、、、いつも私利私欲と戦っています。

    学びの為に


    人は、この世で何かを学ぶために、修行をするために生まれてきたのだと聞いたことがあります。(何かで読んだのかも)

    修行

    だとすれば、私も、旦那さんも義母から学ぶことは、人の為に損得なしで働くということなのかも知れません。

    昔『オーラの泉』っていう番組で、船越栄一郎さんが奥さんの松居一代さんと結婚したのは、松居さんの連れ子と前世で親子だったから、その縁で松居さんと結婚したのだというのを見ました。

    今は、それを思い出しては、私は、この義母に会うために旦那さんと結婚したのかな?と考えさせられることも多いのです。

    この義母から、奉仕の心を学べ、、、みたいなことでしょうか。

    共に、我が家の旦那さんも学ばないといけないのですが。(笑)

    時々衝突しますが


    物が捨てられない事で時々イライラすることもありますが(玄関での長話もです(-_-;))、それ以上に、いいところ、見習うべきところが多く、私は義母を尊敬しています。

    これはきれいごとでは決してなく、私が今まで出会った人の中で、おそらく一番いい人だと思えるからです。

    我が家の娘ちゃん達が、中学生位の時に、「おばあちゃんって、ママのお姑さんなの?」って聞いてきました。私が「パパのお母さんだから、ママにとってはお姑さんになるのよ」って答えると、「ママは優しいお姑さんで良かったね」と言われました。

    テレビで見たのか、友達の話を聞いてなのか、、、お姑さんは、嫁に意地悪だと思っていたようです。

    義母は、娘ちゃん達から見ても私に優しいお姑さんなのです。

    若い頃は、そんな義母の事が苦手でしたし、同居したことを後悔したこともあります。

    それが、一緒に生活をしていくうちに、だんだんと自然にいい人なのだと思えるようになってきました。

    今後も、物が捨てられない義母とは衝突して、このブログに再三登場することになるでしょう。

    それでも、おそらく、義母の事を尊敬している事は変わらないだろうと思います。

    決して嫌っているわけではないので、温かく見守ってください。(笑)


    これまでの嫁と姑のお話しはこちら
      ↓
    嫁と姑のお話し。新婚編

    嫁と姑のお話し、パート2~子育て編。私が一番断捨離したかったのは姑でした。

    嫁と姑のお話し、パート3~仕事始めます編。1つの台所に女は2人要らない。

    嫁と姑のお話し、パート4~お家建てます編。みんなが暮らしやすい家を求めて迷走しました。

    嫁と姑のお話し、パート5~待ちに待った夫の転勤

    番外編はこちら→断捨離するのも一苦。嫁と姑のお話し



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  • 同居している義母がずっと苦手でした。世話好きで、親切な姑。とても優しくしてもらっていましたが、若かった私は、いつも干渉されているようで、おせっかいに感じていました。「私の事は(子供の事も)ほっといて」何度も心の中で思っていました。家も建て替え、食事も別になり、ストレスはかなり軽減されていきましたが、それでも完全になくなったというほどではありません。そんな中、娘が事件に巻き込まれてしまいました。スト... 続きを読む

    これまでのお話し


    これまでのお話しはこちら↓

    嫁と姑のお話し。新婚編

    嫁と姑のお話し、パート2~子育て編。私が一番断捨離したかったのは姑でした。

    嫁と姑のお話し、パート3~仕事始めます編。1つの台所に女は2人要らない。

    嫁と姑のお話し、パート4~お家建てます編。みんなが暮らしやすい家を求めて迷走しました。

    番外編はこちら→断捨離するのも一苦。嫁と姑のお話し

    娘がストーカー事件に巻き込まれる


    娘が小学校に入ったばかりの頃です。

    万が一の事があるといけないので、詳しい事は書けませんが、娘がストーカーまがいの事件に巻き込まれてしまいました。

    娘自身に直接危害を加えられたところまではいきませんでしたが、その人が木陰に隠れて娘が遊んでいる所を双眼鏡で覗いている所を私が直接目撃したこともあります。

    警察沙汰になりましたが、事が大きくならずに済んだ事は本当によかったと思います。

    遊ぶ

    娘を見守るべく仕事を辞めました


    丁度、仕事も軌道にのってきたところだったのですが、娘の事件の事があり、家族で話し合った結果、私が娘を見守るべく、仕事を辞めることにしました。

    そのころ、仕事はそれなりに順調で、そこそこの収入がありました。

    しかし、家を建てたというのに、これまでの私の収入が0になってしまいました。予定外の事件の為に、いきなり家計的には苦しくなってしまいました。

    それでも娘の安全には替えられません。娘が小学校を卒業するまでは、家にいる事にしました。

    義母が援助を申し出てくれた


    私が仕事を辞める事にしたのを義母は賛成してくれました。

    その時義母は、週の半分くらい趣味程度に仕事に出かけていました。

    その中から、「少しだけど」という事で、生活費としてお金を入れてくれることになりました。

    義母は、遺族年金ももらっていましたが、貯金はほぼ0、全て人付き合いに消えていくようなところがあります。(嫁と姑のお話し、パート3参照)

    金額的には多くはないのですが、それでも、自分から申し出てくれたことはありがたかったです。

    再び専業主婦になって感じたこと


    以前から多少は感じていましたが、義母は、人から頼まれた事は「嫌」とか「できない」とは言いません。

    近所の役員の仕事が順番で回って来るのですが、年配の方だけのお宅が役員になった時は、集金から回覧板のお世話まで率先して、義母が代わりにしています。

    本当に、人の為に働く人なのです。

    ですので、人望も厚く、毎日のように人がやってきますし、すぐに何かの用事の時には駆り出されます。

    面倒な事をお願いされても、嫌な顔をせず、快く引き受けます。

    それは、もちろん私に対してもです。

    笑ってしまうのですが、お寺の役員の旅行の時は、義母と同じ部屋がいいという人が数人いて義母の取り合いのようになってしまったと別の人が言っていました。

    ある程度、生活が分かれて心のゆとりができたからかも知れませんが、私は次第に義母の事を尊敬するようになっていました。

    待ちに待っていたはずの夫の転勤


    私が仕事を辞めてから3年ほどたったころ、夫が転勤になりました。

    あれほど転勤にならないかと願っていた転勤です。(嫁と姑のお話し、パート2参照)喜び勇んでついて行くはずでした。

    ・・・が、娘たちが転校を嫌がったこと、家を建てたものの義母が居るので転勤の間賃貸に出せないこと、ついて行った時の義母の生活費をどうするかということなどの問題を検討し、夫は単身赴任することになりました。

    夫は、本当はついてきてほしかったようでしたが、最終的に判断したのは、私でした。

    単身赴任

    しかし、本当は、そんな理由は建て前だったように思います。

    以前の私だったら、何も考えずに義母を残して夫の転勤先に帯同していたはずです。義母の生活費も自分で何とかしてと思っていたはずです。(実際義母には、主婦のパート収入以上の収入があります。家のローンや光熱費などを差し引いたら私たちの生活費よりも多いのですが、残らないだけです)

    それをせず、夫の世話より、義母との同居を選ぶ日がくるなんて思ってもみませんでした。それほど、義母との同居が嫌ではなくなっていたことに、自分でも驚きました。

    いつの間にか家族に


    以前は、義母との同居は嫌なこともたくさんありました。

    今でも戸惑う事もあります。物が捨てられないところなどです。

    それでも約21年一緒に住んでいます。すでに家族になっています。義母は本当に、懐の深い人間的には大きな人です。尊敬もしています。

    これからも、戸惑いながらでも、時にはけんかもしながらでも、元気で長生きしてほしいと心から思っています。

    何度かに分けて義母とのお話を書いてきましたが、これからも、日常生活でのお話しの中でちょくちょく義母は登場する予定です(笑)


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  • 私は、旦那さんのお母さんと同居をしています。義母は、本当に物が捨てられない人です。私が嫁いで来た家は、7DKなのに、使える部屋が旦那さんの部屋だけでした。他の部屋は物が溢れんばかりに置いてあり、部屋としての機能が果たせません。親戚が集まる座敷と隣の部屋の義母の部屋以外は、全てが物置です。子供が保育園の時に小学校になったらどこに机を置くかという事になり...... 続きを読む

    フルタイムで働く


    義母はとても優しい人ですが、それはそれでストレスが多く、私は子供が普通食になるのを待って、早々に働く事にしました。当初は、苦労も多かったのですが、次第に仕事も子育ても何とか上手く回るようになりました。

    これまでのお話はこちら↓

    嫁と姑のお話し。新婚編

    嫁と姑のお話し、パート2~子育て編。私が一番断捨離したかったのは姑でした。

    嫁と姑のお話し、パート3~仕事始めます編。1つの台所に女は2人要らない。

    番外編はこちら→断捨離するのも一苦。嫁と姑のお話し

    子供達も保育園に慣れ、私のお給料も安定してきました。

    子供の机をどこに置くか


    我が家は、とても古いですが、7DKです。普通なら狭いなどとは言わないと思います。

    ところが、私たちの寝室と座敷、その隣の義母の部屋以外はとにかく物、物、物であふれています。全て物置状態。

    旦那さんの亡くなったおじいちゃん、おばあちゃん、お父さんのもの。そして嫁いだお姉さんのものがあちこちにびっしり。元のお姉さんの部屋は、お姉さんの荷物がそのまま置いてあり、ほぼ毎週末、一家で泊りにくるのでそのための荷物でいっぱい。

    しかも、古い家を10年ほど前に増築していて、継ぎ目の所から雨漏りがしていました。

    古い家イメージ画像

    いずれ、家を建て替えるという事は、結婚当初から話していたので、子供が小学校に入る前に建て替えようかという事になりました。

    義母も、「私はお金は出せないので、あなたたちの好きなようにしていいよ。家を建て替えてもらえるのはうれしい」と言ってくれていました。

    溢れんばかりの荷物の行方


    家を建て替える事を決めた時に問題になったのが、今ある荷物をどうするかという事でした。

    何しろ、義母は捨てられない人です。何度も何度も説得をして、やっと何とか折り合いをつけました。

    その時のお話はこちら→物を置く場所の価格、物のための家賃、断捨離の決意

    私の実家の母の言いつけもあって、義母の部屋は一番いい場所にしました。日当たりが良く、トイレ、お風呂が近いところです。義母の部屋は2部屋の続き間です。

    それでもそこに収まる荷物の量ではありません。どうしても捨てられない物は親戚の小屋に入れてもらう事にしたそうです。

    みんなが暮らしやすい家にしたい


    家を建てる時に思っていたことは、『みんながストレス(同居に対して)のない家を建てたい』という事です。

    友人の多い義母が、自分の部屋で友人とお茶が飲めるようにミニキッチンも付けました。ダイニングで義母の友達と一緒にお昼を食べる事になるような事態を避けるためです。(嫁と姑のお話し。新婚編を参照)

    夫婦のリビングを作りました。親戚の人がちょこちょこ来られるし、泊られる事も多いので、気が休まるスペースが欲しかったからです。

    色々な要素を取り入れたら、結構な大きさになりましたが、私も仕事をしていたので少し無理をして、みんなが暮らしやすい家を手に入れました。

    キッチンの主導権を握る


    家を建て替えた時から、キッチンは私の管理の場所になりました。つまり、義母のキッチンから、私のキッチンとなったのです。それにともない、夕食は、私が作る事にしました。

    キッチン私イメージ画像

    仕事をしていたので、出来るだけ帰って簡単な作業で済むように、休日に色々作って冷凍するようになりました。作り置きもたくさんしていました。

    関連記事はこちら→冷蔵庫2台あるんです。それでも中はパンパンです。

    家を建て替えて1年位経った頃、義母の健康診断の数値が良くなく、カロリー制限などの指導を受けたことがきっかけで、義母は自分の部屋のキッチンで「自分の食事は自分で作るから」と言いました。

    そこから食事は別々になりました。義母は料理が好きなので、自分の口に合うものが食べたかったのかも知れません。

    義母の部屋へ友人を通す事はありません


    義母にとって、極限まで減らしたはずでしたが、荷物をいれたら、身動きの取れない部屋になっていました。そのうえ自分の部屋で食事を作る事にしたので、ますます物で一杯になってしまいました。

    クローゼットも大きく取ったのですが、タンスを処分しなかったので、和ダンスに鏡台、ベッド、ソファーが所狭しとひしめき合っています。和ダンスの中には、着物ではなく色々な紙もの(何のために取っているのかわからない、使用済みのご祝儀袋や年金支給の通知のはがきなど)が入っていて、着物は、テレビショッピングで買った、桐の箱に入れていました。

    ますます、義母の部屋は、ものがあふれてきてしまい、自分の部屋に友人を連れてこれるようにという計画はなくなってしまいました。

    片付いているリビングに友人を通すようになってしまいました。

    リビングだけはなんとか片付けているお話しはこちら→愛が断捨離をしようと思った理由

    リビングに旦那さんがいる時などは、ちょっと世間話をするつもりが、玄関で2時間位、座り込んで話をしています。玄関でお茶を出して、話しこむことも珍しくありません。

    残念ながら、家を建て替える時に、思い描いていた生活にはならなかったという事です。

    それでも暮らしがある程度分かれて、私のストレスはかなり少なくなっていきました。

    (続く)


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  • 嫁と姑のお話も3回目になりました。よく、1つの台所に女は2人要らないといいますよね。私も全くその通りだと思います。嫁はよその家の台所で料理を作る事になるのです。子供が生まれても台所の主導権は義母にあります。私は、日々の家の中のストレスを外に向けようと働きに出ることにしました。... 続きを読む

    台所の主導権は誰のもの?


    これまでのお話はこちら↓
       
    嫁と姑のお話し。新婚編

    嫁と姑のお話し、パート2~子育て編。私が一番断捨離したかったのは姑でした。

    結婚して2年が経とうとしていました。

    何と2年経っても冷蔵庫の中には、何が入っているのかわからない、怪しげなビンがたくさんあります。いつのものかわからない佃煮や漬物。

    増えているのか、減っているのかさえもよくわかりません。

    というのも、空きビンに違うものを入れているので、消費期限などの記入もされていないからです。そういうものが、冷蔵庫の半分以上を占めています。

    あきらかにカビが生えたりしなければ捨てることができません。

    かなりの苦痛です。

    食事を作るのは、9割以上が、私です。どこもかしこも満杯の冷蔵庫には、私が買い物してきたものも入れることが困難なのです。

    料理は私がしているのに、義母は、コープ(生協)での買い物を辞めません。ある時は、卵が3パックも冷蔵庫にはいっていることもありました。

    私には、よその家の台所という意識がずっとあるまま、毎日料理を作っていました。台所の主導権はずっと義母のままでした。

    料理

    やはり仕事に行こう


    私は、下の子が生まれて、離乳食から普通食になるまで待ち、仕事を探しました。

    下の子も上の子と同様、哺乳瓶の乳首をいやがり、毎日練習していたにも関わらず、2週間もしないうちに口から出すようになってしまいましたので、母乳をあげなくてよくなるまで待っての事です。

    私が、働きたいと言っても、旦那さんは、もう少し子供が大きくなるまで待っていた方がいいのでは。と言っていました。

    それでも、私は、下の子が1歳になるや否や仕事に行こうと思って、仕事を決めてきました。

    仕事を始める時に夫に釘をさされました


    旦那さんは、私が同居していることが負担となっていることはわかっていると思っていました。毎日それとなく仕事を探していることは言っていました。

    いざ、本当に仕事が決まると、旦那さんに、「私だって仕事しているのだから」とは言わないことを約束させられました。旦那さんは、遠回しに「家事を分担するなどと言わないで」と言いたかったのです。

    このことで、私は働かせてもらっているという事になってしまいました。大変でも、旦那さんは頼れません。

    旦那さんは、私の目からみたら、可愛がられて育ったわがままおぼちゃまです。茶碗も洗ったことがない、洗濯なんてとんでもない、自分の後ろのものも「取って」というようなタイプでした。

    それでも、私が働くことになったので、平日の食事は義母が作るように言ってくれました。

    義母もそれは快く承諾してくれました。

    私は、後片付けと週末の料理を担当することになりましたが、基本的に台所を義母に返したことで、爽快でした。

    働きだすと子供が病気する法則


    比較的融通が利く仕事を選びましたが、話に聞いていた、働きだすと子供が熱を出す。という事が再三ありました。

    子供熱

    風邪気味だけど熱を測っても平熱なので保育園へ預けて仕事に行くと、やはり「熱があるので迎えに来てください」の電話がかかってきます。子供が2人いると、どちらかが風邪をひくと、どちらかにうつす。というふうでしたが、何日も休んだりするわけにもいきません。

    こんな時こそ、義母に・・・と思うのですが、義母はとても忙しい人で、滅多に家にいません。一旦子供を迎えに行き、実家に預けて仕事に行く事が多かったです。

    物凄く大変でしたが、それでも外に出ていた方が精神的には楽でした。すると忙しいながらも、心のゆとりが生まれてきました。義母の事が、かなり負担だったのに、子供を取られても?イライラすることが少なくなってきました。

    義母の入院


    ある日、義母が段差のあるところから軽く飛んだら何と骨折してしまい、入院することになりました。

    病院と保育園と仕事に大忙しでしたが、ある意味とても充実していました。(ここだけの話です)

    このとき、義母が通帳を義姉(実の娘)ではなく私に預けて全てを見せてくれました。まだ、どうなるかわからない嫁に自分の財産の全てをさらけ出すなど、私にすれば信じられない事です。

    とはいうものの、義母は全然お金を持っていませんでした。定期的に入ってくる遺族年金のみで、それも使い切ってしまっていました。

    義母はとても社交的なので、人付き合いが良く、知人が入院した、結婚した、亡くなったなどのお付き合いをとても大切にしていました。事あるごとにお金を包んでいました。(そのお返しでますます物が増えていくのですが)

    その効果?なのか、ただの骨折のお見舞いが70人を超えていました。(入院期間はなんだかんだで3か月ほどでした)

    普通の主婦のお見舞いの数ではありません。どこかの会社のお偉いさんなみだと思いましたが、これこそが、義母の財産なのでしょう。

    おかげで、お返しを配るのに物凄く大変な思いをしましたが。

    人付き合いが下手な私には、信じられない出来事でした。義母はお金は持ってはいませんが、友人という財産があるようです。

    このころからです。私は少しずつ、本当に少しずつですが、義母への気持ちへの変化を感じていました。

    自分では、はっきりと意識はしていませんでしたが、少なくとも友人に愚痴をいう事が減っていました。      

    (続く)


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  • 今回は、嫁と姑のお話しの子育て中のお話です。苦手だった義母の事が、好きに、また尊敬する人になるまでを何度かに分けて書こうと思います。嫁姑の問題で、けんかや悩みなどに発展していくのが、この子育てに関することが多いですよね。我が家も例外ではなく、毎日がイライラの連続でした。... 続きを読む

    孫は目の中に入れても痛くない?


    産前産後、4か月実家で過ごした私ですが、母に促され(叱られ)しぶしぶと旦那さんと義母が待つ我が家へ戻ってきました。

    前回のお話はこちら→嫁と姑のお話し。新婚編

    義母がの帰りを待ちわびていたことは、言うまでもありません。

    「やはり女の子はかわいいね」と言いながら、なかなか赤ちゃんのそばを離れようとはしません。

    赤ちゃんは、ある程度は泣くのが仕事。泣いたらオムツをみたり、おっぱいをあげたりとお世話をしていました。

    私が自分達の部屋に赤ちゃんといる時でも、赤ちゃんが少し泣くとすぐに義母が、「泣いているからどうしたんだろうと思って」と言いながらやって来ます。

    泣く赤ちゃん

    洗濯物を干しに外へ出て、部屋に戻るともう赤ちゃんはいません。義母が泣いていたからと抱っこしています。

    かわいくて、かわいくてしょうがないという感じです。

    育児ノイローゼになる暇もない


    町のイベントで、出産時期ごとに説明会や相談会のような集まりがありました。そこでは同じ時期に出産予定の人ばかり集まるので、知らない人ともママ友になりました。

    そして出産。ママ友たちもそれぞれ出産し、赤ちゃん連れで、友人宅へ行き来するようになりました。

    そのうちの一人が、里帰り出産して戻ってきたら、赤ちゃんと二人だけの生活になり、生まれる前まであんなにかわいかった赤ちゃんが、今は泣いても抱く気にならないと言っていました。

    育児ノイローゼぎみのようです。

    ご主人の仕事が忙しく、ほとんどを赤ちゃんと二人で過ごすことが負担になっているようでした。(この友人はまたしばらく実家に帰ることになりました)

    私はというと、育児ノイローゼどころではありません。油断をするとすぐに義母に赤ちゃんを取られるので、イライラの矛先は義母に向かいます。

    おかげで、育児ノイローゼになることなく(笑)、毎日を過ごしていました。

    まさかの妊娠


    私の意識が家の中にあると、ストレスでおかしくなりそうだと思っていたので、離乳食が終わり、普通食になったら子供を保育園に預けて仕事をしようと思っていました。

    娘は、母乳で育てていました。哺乳瓶の練習として毎日母乳をしぼり哺乳瓶で飲ませていましたが、1週間もしないくらいに全く人口乳首を口に含まなくなりました。匂いや、硬さに原因があると思って、10種類くらいは試しましたが、口から押し出すようになってしまいました。

    なので、母乳を辞めたら仕事に行こうと考えていた矢先に、娘が6か月位の時に再び妊娠していることがわかりました。正直、喜びよりもショックでした。

    今思うと下の娘には申し訳ないのですが、素直に喜べませんでした。旦那さんにそんな悲しい顔をしていたらお腹の赤ちゃんがかわいそうだと言われてしましました。

    私が、義母の愚痴を言うと、旦那さんは義母をきつく叱ります。もろに私が言っているという事はわかると思いますが、義母は自分の息子にきつく言われてもほとんど効き目はありません。なんてことないようでした。

    うちの孫だから


    初節句のお祝いの時には、私の両親も一緒に、外で食事をしましたが、車から降りる時に、そばにいた実母に赤ちゃんを渡そうとした時、すかさず義母が来て、「うちの孫だから、わたしが抱いていよう」と言いました。

    私と実母は思わず顔を見合わせてしまいました。

    義母にとって、私の娘は初孫ではありません。義姉の子供がいます。ちょくちょく遊びに来るので、そちらの孫も、とても可愛がっていました。

    義姉も義兄の両親と同居しているので、その孫はそちらの家の孫という感覚だったのでしょう。うちの孫ができて本当にうれしかったのだと思います。

    私は、母から「あんなに可愛がってもらえる事を喜びなさい」と言われましたが、正直なところ義母に対して、『私たちに干渉しないで。ほっといて』と思っていました。

    ご飯の前には食べさせないで


    二人目が生まれ(今回は産前産後3か月の帰省です)今度は、手のかかる1歳児と赤ちゃんとの生活が始まります。赤ちゃんがいるから上の子を義母が面倒みてくれるのがありがたいかと思われるでしょうが、そんなことよりも新たなイライラが始まるのでした。

    よくある話なのですが、例外にもれず、義母もご飯の前だろうと、孫にジュースやお菓子を与えるのです。

    上の子は母乳も離乳食もよく飲み、よく食べ、標準体重を維持していましたが、完全普通食になって、痩せてきてしまいました。

    できるだけ、ご飯を食べさせたいと思っている矢先に、義母がご飯の前にジュースを飲ませていたので、「ご飯の前には、ジュースを与えないで」といいました。

    すると「これは100パーセント果汁だから大丈夫」という答えが。

    話になりません。

    娘は果汁のジュースが大好きです。娘の欲しがるままに与える義母に、ますますイライラがつのりました。

    ジュース

    気が付けば愚痴ばかり


    その頃、私はママ友や、地元の友人に愚痴ばかり言っていました。

    例え同居していなくても、ほとんどの友人は、義母に対して不満があるようで、義母の話になると、あるある話で盛り上がりました。友人たちとその時は盛り上がって、多少気が晴れても、家に帰れば義母がいます。

    毎日、毎日がイライラの連続です。義母は本当に優しく、意地悪など一切言いませんが、そのことが別居するということの障害になっていましたので、いっそのこと旦那さんが転勤にでもなってくれないかと思っていました。

    義母から離れたいと考えるようになっていました。

    当時は断捨離という言葉はありませんでしたが、私が一番断捨離したかったのは義母だったのです。


    そしてまだまだ、義母が苦手は続いていくのです。
  • 同居している、していないにかかわらず、嫁姑問題でイライラしている人、嫁姑戦争中の人も多くいらっしゃると思います。私は、旦那さんのお母さんと同居しています。今は、義母の事が好きですし尊敬していますが、結婚したての頃は苦手でした。嫌いというより、苦手だったのです。この苦手な義母の事がどうして好きになったのか、また今に至っているのかを何度かに分けて書こうと思います。... 続きを読む

    同居するなら初めから


    旦那さんは本家の長男です。普通の家ですが、おじいちゃん、おばあちゃん、お義父さんの仏壇があります。お姉さんと旦那さんの二人姉弟なので、親戚の人がそう言います。

    結婚する前は、旦那さんはお義母さんと二人暮らしでした。

    お義母さんは、小太りの元気なおばちゃんという感じで、第一印象はおしゃべり好きな人でした。

    結婚を決めた時、旦那さんから、初めは二人で生活しようかと言われましたが、私はどうせいずれ同居しなければいけないなら、二人の生活のリズムができて、後から同居する方が大変だろうと思いました。

    なので、旦那さんへ「同居するなら初めからの方がいい」と言いました。

    そして、と旦那さんとの新たな生活が始まりました。

    義母はお嫁さんと仲良くしたい


    義母は初めから、私とうまくやっていこうと思ってくれているみたいでした。

    義母も長男の嫁でしたから、それなりの苦労があったと思います。世間でいう嫁いびりは一切ありません。(ここだけの話ですが、意地悪されたら、同居はやめるつもりでした)

    旦那さんは、同居を決めた時に、義母に「嫁姑でもめても、一切お母さんのかたは持たない。嫁さんのみかたする」と言っていたようです。

    そのことがあったからか、義母は意地悪するどころか、周りの人にも私のことを褒めていたようでした。

    義母は社交的


    義母は、とても社交的な人です。ご近所のおばちゃんたちが、毎日ちょこちょこやって来ます。お昼どきになり、母の友人と一緒に食事をすることも何度かありました。

    台所で長話をするので、そのままご飯ということもあり、そこへ私が呼ばれてお昼ご飯を一緒に食べるという流れになります。私にはそれがかなり、かなり苦痛でした。

    『何が悲しくて、お義母さんの友達と一緒にご飯たべないといけないのか』と思っていました。

    私が出かけると言うと、「どこに行くの?」「誰と?」「〇〇さんて××町の人?」などと聞いてきます。私にとっては、根掘り葉掘り色々なことを聞かれる事は、詮索されているようで、とても嫌でした。

    これについては、義母は、会話の一環として社交辞令的に聞いているのだと理解したのはずっと後の事です。(何度も同じ人の話をしても、覚えていないようで、実は興味があるわけでもないとわかってきました)

    台所を共有する苦痛


    結婚してしばらくは、専業主婦でした。当時義母は、週の半分くらい働いていたので、私が食事を作る事にしました。

    私は、毎日よその家の台所で食事を作る事になったのです。

    台所イメージ画像


    食器や、鍋や、他の調理器具などを適当に片付けておくと、「これはここに置くのよ」と教えて?もらいました。

    何がどこにあるのかを覚えないといけないだけでなく、賞味期限が切れたものがたくさん入った冷蔵庫(買ってきた食材が入らない)、ありえない程の食器の量、調理スペースが無いほどものにあふれたキッチン、何もかもがストレスでした。

    義母は、私のはるかに上をいく、捨てられない人だったのです。

    義母の捨てられないお話はこちら→断捨離するのも一苦。嫁と姑のお話し

    物が捨てられなくてもめたお話はこちら→物を置く場所の価格、物のための家賃、断捨離の決意

    義母の捨てられない物が初めて役に立ったお話はこちら→いつか使うかも、のいつかはほぼ来ない。頭を断捨離思考に切り替えるコツ

    その上、要らない物を買ってきては、「これちょっと使うにはいいと思って」と嬉しそうに言っていました。代表はドアのノブカバーです。義母は、カバーが好きで、なんにでもカバーをしたがるようです。

    親戚の人々


    社交的な義母ですので、親戚の人たちもちょくちょく来られます。

    私が、自分達の部屋でテレビを見ていた時、物音がしたので部屋から出ていくと、何と親戚の人が、チャイムも鳴らさず家の中に上がり込んでいました。

    こんなことは当たり前、義母に出かける時も、勝手口のカギは、誰が来るかわからないので閉めたらダメだといわれました。普通は、誰が来るかわからないからカギを閉めるのでは?

    みんな自分の実家なので、冷蔵庫の中の物を勝手に飲んだりしていました。

    (この後、義姉の家に夜中に泥棒が入り、鍵を閉めるようになりました)

    生活習慣の違い


    私は、お風呂の水は毎日変えたい。洗濯はある程度種類を分けたい。と思うのですが、自分からは言い出せなくて、通常の洗濯物を入れていた洗濯機にキッチンのマットを入れられた時には、びっくりして涙目になっていました。

    義母いわく、一度洗って入れているから大丈夫ということでした。

    こういう生活習慣の違いは、私にはかなりきつい事でした。

    後悔の日々


    私は、毎日後悔していました。

    「この家を出たい」私がそう言えば、旦那さんは従ってくれるでしょう。

    それが出来なかったのは、義母がいい人だったからです。本当に心の底から、私に良くしてあげようと思っていることはわかりました。

    だから、いつも『意地悪してくれないかな。そしたら、けんかしてこの家を出るきっかけになるのに』と思っていました。

    私が家を出るという事は、自分が悪者になるという事です。世間体をきにするというか、悪者にはなりたくないと思ってしまうのです。こんなところでも見栄をはってしまいます。

    そのうちに妊娠、出産という事になり、私は実家に産前産後合わせて4か月近く帰省していました。初孫が可愛いはずの私の母にいい加減に帰りなさいと叱られるまでです。

    まだまだこの後も、義母が苦手なのは続いていきます。


    長くなるので、続きはまた今度。
  • 私は長男の嫁です。79歳の義母と同居しています。同居に当たって一番苦労していることが、物を捨てるという事です。... 続きを読む
    義母はとてもよくできた人で、の私の悪口はいいません。(多分)
    20年も一緒に暮らしていると嫌味の一つも言ったりすることもあると思いますが、言われた事はありません。

    仏さまのように心が広い人です。心の底から私や子供達によくしてあげたいと思ってくれているようです。

    そんなできたですが、困っていることがあります。
    それは、物が捨てられない事です。戦後、物のない時代に育った人なので仕方ない事なのかもしれませんが。

    例えば、子供が成長していくにしたがって、小さくなった子供服を捨てる時も、「もったいないねー。誰か、もらってくれる人がいないの?」と言い、やかんの蓋のつまみがとれたので、頂き物のやかんと「取り換えよう」というと、「まだ使えるから。私はこれでいいから〇〇サン新しいの使っていいよ」と言う。

    『いやいやお義母さん、1つの台所でやかん2個を別々に使う意味ないと思いますが、、、それにまだおろしていない頂き物のやかん(引き出物)あと2つありますが、生きているうちに使いきれませんよ。』
    さすがにつっこみたくなるよなことを言います。

    食べ物も、、、冷蔵庫は魔法の箱。なんでもかんでも入れるので、扉を開けると雪崩のように何かが落ちてくることもしばしばです。

    新婚当初は、旦那さん経由で言ってもらっていましたが、自分の息子のいう事なんてどこ吹く風って感じで、耳に入りません。全く変わりませんでした。

    月日がたつと共に私も、「どうせ腐らして捨てるよりは、今処分しよう」と言うようになりました。

    何度も何度も、同じことを繰り返しながら、(腐らせながら)少しづつ捨てられるようにはなったと思いますが、大きくは変わりません。

    冷蔵庫


    家を建て替えたときにキッチンを2つにしました。いまだに母の冷蔵庫は扉を開けると物が落ちてきます。物がびっしりと詰まっています。片付けられない私がいうのもなんですが、明らかに私の上を行く存在です。

    とまぁ、こんな風なので私が断捨離したものはこっそり捨てないといけません。義母に見つからないように。
    そんなことも、面倒くさがりの私に、ますますブレーキをかけるのです(言い訳?)

シンプル愛

生まれた年:1966年
職業:主婦
家族構成:姑、夫、娘2人
性格:グータラ
特技:押し込み収納

片付けが下手で納戸や引き出しに物を隠す収納が得意です。物は捨てられないほうです。スッキリシンプルに暮らしたいと思いつつ物が増え続け、今度こそはとブログを立ち上げました。

良かったら、また遊びに来てくださいね


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